五代目桂文枝世界遺産「熊野川」記念碑再建除幕式
3月16日、五代目桂文枝世界遺産「熊野川」記念碑再建除幕式が行われました。
故・五代目桂文枝の絶筆となる「熊野川」を配した記念碑が設立されたのは05年のこと。
しかし、昨年9月に起こった台風12号による紀伊半島豪雨で、熊野地方は甚大な被害を受け、記念碑も損壊してしまいました。五代目桂文枝が愛した熊野を応援するべく、今年7月に六代目桂文枝を襲名する桂三枝を筆頭とする五代目文枝一門は、熊野地方復興に尽力してきました。そしてついにこの日、「熊野川」記念碑の再建・除幕式が行われたのです。
「熊野川」記念碑再建除幕式には、熊野復興寄席開催実行委員会委員長で新宮ロータリークラブ会長の植稔さん、熊野復興寄席開催実行委員会委員長で熊野三山協議会会長・新宮市長の田岡実千年さん、そして五代目桂文枝一門から桂三枝、桂きん枝、桂文太、桂文福、桂文喬、桂枝女太、桂枝光、桂坊枝、桂文昇、桂文三、吉本興業株式会社代表取締役会長・吉野伊佐男が出席しました。
植稔さんは「この記念碑は、故・五代目桂文枝師匠が、最後の創作落語『熊野詣』を制作し、発表したご縁から平成17年に建設いたしました。昨年9月、台風12号による大水害で、記念碑は大きく破損したものの、流出することなく奇跡的にその姿を残し、人々から賞賛の声が届きました。この記念碑を熊野の復興シンボルとするべく、関係各位のご尽力により、このたび再建させていただくことになりました」と、感慨深げにご挨拶されました。田岡実千年さんは、「昨年の大水害の折、荒涼と化したこの地において、傾きながらも持ちこたえてくれた文枝師匠のこの記念碑。本日、復興を目指す先駆けとして、いち早くよみがえったこの気丈な姿は、その隣に佇む慰霊塔を優しく包み込むようにも思え、万感胸にこみ上げる気持ちを禁じえません。私たちはあらゆる障壁を乗り越え、あの大水害から立ち直らなくてはなりません。本日はこのように、熊野を愛してやまなかった、故・五代目桂文枝師匠のゆかりの皆様にお集まりいただき、記念碑と再び対面できることは、私たちにとりまして喜びであるとともに、顔を上げて前へ進むための大きなきっかけをいただいた、と感じております」と、力強く語りました。
来賓代表で、まず弊社・吉野は「まだ復興の道を歩まれているところではありますが、我々は今後も復興支援として力を添えていけたらと思っています」とご挨拶。
そして桂三枝は、「まだ台風の爪痕が残る中、こうして師匠の記念碑を建てていただき、心からお礼申し上げます。師匠も心から喜んでいると思います」と語りました。
除幕式後の会見では、桂三枝は「記念碑を見て、前よりも『熊野川』という字が大きくなりましたね。銅版も付いて、非常に立派で。奥様も涙ぐんでおられて、大変喜んでおられました」とし、「水がこの高さまで来るなんて、すごいことだと思います。そんな自然の猛威のなか、ななめになりながらも残ったというのは、師匠の強い遺志というか、『がんばれよ』という気持ちやと思いますので、引き継いでがんばろうと思います」と語りつつ、現在発売中の著書「師匠、五代目文枝へ」の宣伝も忘れずに行っていました。桂きん枝は「新しい碑が熊野の町で復興のシンボルになったら私もうれしいことはない」、和歌山出身の桂文福は「笑ってふるさと再建にがんばりましょう!」と語りました。
除幕式を終えたあと、一行は熊野速玉大社へお参りも。
記念碑は、樹齢250年の熊野産の天然杉を使用。初代碑文に使用した五代目桂文枝絶筆の「熊野川」の色紙を君枝夫人から借用し、新たに作成しなおしたものになります。
熊野の復興を応援するとともに、この地へ訪れたときは、ぜひ「熊野川」記念碑にも立ち寄ってみてくださいね。
「熊野川」記念碑
和歌山県熊野川町田長47 (道の駅「瀞峡(どろきょう)街道 熊野川」)
「師匠、五代目文枝へ」
3000円 ヨシモトブックス
「落語研究会 五代目文枝 名演集」
15960円(4枚組)よしもとアール・アンド・シー
収録演目
「天神山」「立ち切れ線香」「菊江仏壇」「親子茶屋」「はてなの茶碗」「猫の忠信」「蛸芝居」「猿後家」「景清」「口入屋」「百年目」