ピース・又吉直樹『火花』刊行記念イベント「もうひとつの『火花』」
4月4日(土)、東京・百年にてピース・又吉直樹の著書刊行記念イベント『もうひとつの「火花」』が開催されました。
3月に初めての小説『火花』を刊行した又吉。天才的なお笑いセンスを持ちながら不器用な性格に人間味が溢れる神谷と、彼をしたって交流を深める後輩芸人・徳永がお笑いについて真剣に語りながら、それぞれの信じる芸人道を突き進んでいく物語で、刊行から1ヵ月以上経った今もなお、話題となっている作品です。
本イベントで、又吉が話し相手として選んだのは、中学校時代の同級生で同じサッカー部に所属していて、又吉同様、お笑い芸人となったキャラバン・難波麻人さん。
「百年にはよく来させてもらってるんですけど、レジに入ったのは初めてです」と発した又吉の隣で、難波さんは「なんか緊張してきたわ」とつぶやきます。
元々、大阪よしもとで活動していた難波さんは2年前に上京し、現在はグレープカンパニーでお笑いコンビとして活動。「『火花』に出てくる登場人物の周辺には間違いなくいる人というか......ナメてる訳じゃないで? まさに若手芸人として渦中にいる難波の話を聞くと、物語の奥行きを広げてもらえるんじゃないかなと思ったので、今回出てもらうことにしました」とお客様へ説明しつつ、「同級生なのでどう思ったんかも聞きたくて......」と照れくさそうに切り出した又吉。難波さんは「いや、良かったよ。最初(の導入部分)で景色が見えて......その時点で物語の中に入り込めた。熱量がすごいやん? うまく書こうとかじゃなく、伝えたいっていうことがある。"芸人をナメんな"とか押し付けがましいところがないのが良かった」と伝えつつ、「映画化されたら、俺の出番ないこともないなと思った」とアピール。「いやいや、ないです。そもそも映画化は難しいから」と笑いながら返す又吉です。
「難波は同級生やけど2年遅くデビューしたんです。中1の時、同じクラスになって仲よくなったけど、サッカーの試合では小学校から一緒にやってたんで知ってました。難波は(地域で)いちばんサッカーがうまかったんですよ。それまではイカついヤツっていうイメージがあったんですけど、中学で一緒になって喋ったらすごく物腰が柔らかいヤツで、話した感じで面白そうなヤツやなと思ったんです」と、難波さんとの関係性について紹介した又吉。中学生の頃、読書に目覚めて、一緒に楽しんだりもするほど感覚の合う友人だったそうですが、「難波とは(コンビを)組みたくなかった」そう。
又吉は高校卒業後、かつての相方さんとNSC東京へ。2年後、大学へ進学した難波さんはNSC大阪へ入学。「難波が芸人になったら、世間が"天才出て来た!"と騒然とすると思ってたんですけど......まだ世間が(難波の面白さを)気付いていない」と語る又吉。「当時NSC生は500~600人くらいいて、ライブをやれば難波のコンビはトリを任されるほど優秀で、卒業後は1つ上のカテゴリーからスタートした訳やけど......僕の考えでは、そこで何かしらあったんかなと思うんやけど」と訊ねると、難波さんは「そうやね」と苦笑い。先輩がライバルとなる人間関係に悩んだことから「周りにどう思われてるかばかり気にしていた時期があった」と告げると、又吉は「(登場人物である)徳永が抱えている悩みと近いよなぁ」と同調します。
濃密な中学時代を過ごした又吉。親友という関係性の面白さを今作にも描こうと思い、難波さんへ取材しようと決意してバーに呼び出したそうですが、「恥ずかしくて、お酒を2杯飲んだら酔っぱらって、結局取材はできなかった」そう。人はそれぞれ、様々な状況の中で閉塞感や葛藤を抱えて生活しているものですが、難波さんは自身の現状を説明しながら「『火花』を読んで、(売れていない若手芸人が)今しんどいって言っても伝わらないんじゃないかなというか。売れてない時期を超えないと、そういう思いは伝わらないのかなと思った」とポツリ。それに対して、又吉は「神谷も徳永は自分に問題があって、世に出られないと思っている。(世に出られるかどうかは)時代や状況の影響もあるのかもしれない」と返します。
また、ネタをつくる難波さんだからこそ直面する葛藤もあるようで、「徳永と神谷、どっちが正しいのかわからへん。面白いと思っているだけじゃダメで、(観ている人に)伝わらないとやる意味がない。そう考えたら、やり方を変えないといけないじゃないですか。やから、神谷の言うことに"え?"と思ったりもした。......書いてて、どっちが正しいねんとか思わんかった?」と訊かれた又吉は自身の持論を語りつつ「考え過ぎちゃう?」と返答。「正しいことを続けるのが努力なのか、それとも独りよがりなのか、わからなくなる」と言う難波さんに「あるある」と同調しながら、「自分の信念は変えんでいいと思うけど、例えば"しじみ"自体面白いとするやん。で、"しじみ!"って言ってみるとするやん」と言った途端、客席からくすくすと笑い声が。その反応を聞いて「こんだけ人がおって、数人しか笑わへん。っていうことは、それくらいの面白さでしかないということ。で、面白さを信じるヤツは"しじみ"って言い続けると思うんですよ。そこに必要なのは、努力ちゃうかな。一投目で面白いものは、そんなに面白くない。見せ方を変えるとか言葉に出すとかやり方を変えて面白くなることもあると思う」と丁寧に自分の考えを伝える又吉。登場人物の2人とは考え方が違うと説明しながらも「2人とはめっちゃ呑みに行きたい。呑んだら主導権を握れる自信がある」と断言しました。
その後も毎日の出来事について、滔々と語る難波さん。自身の芸歴1~2年目の経験から、若手に対して真摯に接しているそうで「ネタに関しても熱く言うてしまうの、あかんかな?」と相談すると、又吉は「いいと思うで。嬉しいと思う」と力強く返します。
同じサッカー部で、難波さんがキャプテン、又吉は副キャプテンという間柄で、又吉は当時チームメイトと揉めごとばかり起こしていたそうですが、「先生に"お前が自分に厳しいのはええことやけど、他のヤツに同じことを求めるな"と言われた。それが未だに根本にある。あれがなかったら、お客さんに"もっと笑ってもいいんじゃないですか?"とか言うてた可能性もあると思うで」と語ります。
作中にある神谷と徳永のメールのやりとりについて「又吉もよう送ってくるよな。だいぶクオリティは低いけど」と笑う難波さん。「今日、呑みに行かへん?」との又吉からのメールに「ごめん。朝まで稽古」と返したところ、「了解。ガンバ大阪」という返信が来たことを伝えると、会場から笑いが。「"よろしく、サンフレッチェ広島"っていうのもあったなぁ。あと、"待ち合わせ、どこにする?"って訊いたら"宇宙"って答えて来たり......」と言われると、又吉は「好きな人と遊ぶ時はそうする。(同居人である後輩のジューシーズ)児玉とは名前を間違うっていう遊びをやってた。みんな、そういうことをやっていると思ってた」と答えます。また、「小説の中に、ほんまのことも書いてるの?」と訊ねられると、「場面場面で世話になった先輩の......本人しか気付かんレベルのことは入ってるかもしれへんけど、覚えてない」と返しました。
「僕のことを中学時代から知っている難波やからこそ、『火花』とその中学時代の俺を関連づけるような話はない?」と振られた難波さんは、又吉を含めた友人3人と地元から南港まで自転車をこいで初日の出を観に行ったエピソードを。
「着いたと思ったら北港やって、爆走して南港まで行ったのにカップルばっかりで、まったんが"俺、ここ嫌や。屋上探そう"って言い出して時間ない中、雑居ビルから入ったら屋上で初日の出が見えてんな」と語るも、「ただ、問題があったというか。まったんが"自転車置いて、電車で帰るわ"って言い出した(笑)」そう。「僕が誘ったのに、そう言い出したから皆がブチ切れて。今後の関係にヒビ入るでって言われたのに、振り返って"チャオ!"って言うたら皆めっちゃ怒ってた」と笑う又吉は帰宅後、初詣に行ったそうです。
「まったんの変なエピソード、いっぱいある。ホームルームで登校拒否してる女の子をどうすればいいかを話し合ったことがあって。1人意見を言わされてたんですけど、まったんは"○○さんは髪の毛をくくっているのも、おろしているのもカワイイと思います"って言い出した(笑)。先生に"他にないんか?"って言われたら、2~3分黙ったあとに"ないです"って答えて」と語ると、会場爆笑。「そういう神谷みたいなところはあった」と難波さんも笑います。
先に開催した草月ホールでの著書刊行イベントで、井下好井・好井に「小説を読んで、芸人辞めろって言われてるのかなと思った。それくらいリアリティがありました」と感想を伝えられた又吉は「辞めたほうがいいなんて、今まで思ったことはなかった。けど、めちゃくちゃわかってる後輩にそう言われたってことは、(自分の中に)そういう側面があるんかなと思った」と漏らします。
一方、難波さんは「まったんから"お前はオモロいから"とか"難波のほうが俺よりオモロいからやっていける"と言われるのは、正直苦痛やと思ってたこともあった。中学の頃の俺じゃない。(又吉とは)差が開いてるのにって......。大阪におった最後らへんは特に不安やった」と語り出します。その時期は又吉から電話があっても出られなかったそうで、その理由について「いい報告がないし、カッコ悪いところは見せられへんなと思ってた」と説明。又吉は「全部わかってたから、誕生日に長文のメールを送った」そうで、「俺も俺で2年先輩で、2年後にはいいことがあると思わせたかったから、難波に"芸人はこんなに楽しいんやで"ってことを伝えなあかんと思ってたから、色々と無理していたこともあった」と胸の内を明かしました。
イベント終盤には、それぞれが作中の好きな場面を朗読しました。
「朗読は苦手なんですけど、読めて良かったかもしれん。ヘタやった?」と訊く又吉に、難波さんは「上手やった!」と即答。「難波とかの置かれているほんまの現実が、『火花』の近くとか横にある。神谷や徳永の行っているオーディションには、難波もおる」と客席に語りかけながら、「こういうイベントって、どうやって締めるの?」と戸惑い出す又吉。難波さんに「俺もわからん」と笑って返されると、「劇場もたまに行くと面白いですよ。ヨシモト∞ホールでもライブをやっていますので、お越しください」と呼びかけてなんとかイベントを締めくくり、サイン会に臨みました。
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