前代未聞!『小枝のらくご 8時間耐久落語会』
2月8日、大阪・ABCホールにて桂小枝が『小枝のらくご 8時間耐久落語会』を開催しました。1974年に三代目桂小文枝(五代目桂文枝)に入門し、「こえぴょん」の愛称で老若男女に親しまれ、関西を中心にテレビやラジオなど多方面で活躍してきた小枝。芸能生活40周年を迎えた昨年は『桂小枝の全国ツアー』を行いましたが、40周年記念興行の締めくくりにふさわしいものをと、この『小枝のらくご8時間耐久落語会』を企画しました。公約は「声が出なくなって、途中で辞めたらチケット料金全額返金」。果たして無事に完遂できるのか!? 満員のお客様の熱気と期待に包まれる中、午後1時にいよいよその幕が開きました。
出囃子をバックに舞台に現れた小枝を万雷の拍手が迎えてくれました。「え~っと!」と第一声、「8時間、落語を聞こうと思ったら大変なことです。僕も今までやったことありません。どうなるか分かりませんが、皆さん、途中棄権で全額返金と願われませんように(笑)。のんびり、ゆっくり、じっくりとやっていこうと思います」とリラックスした雰囲気で始まりました。
一席目は「くっしゃみ講釈」。路地裏で図らずも、講釈師から顔に犬の糞を塗りたくられた男が、その仕返しにと講釈場に潜入し火鉢に胡椒をくべ、くしゃみを連発させるという悪巧みを描いた噺。途中、実存する上方落語家の名前を挙げ、親近感を沸かせます。そのうち、桂米團治さんの"天然"エピソードでは爆笑に次ぐ爆笑でした。そしてクライマックスの講釈師のくしゃみが止まらなくなる場面では、表情と声とでくしゃみを連発。思わず会場から拍手が沸き起こりました。
二席目は「蛸芝居」。歌舞伎など芝居での掛け声はいいものだとマクラで。芝居好きばかりが登場してくる一席で、踊りも含めて芝居を実演する場面が多く、ハメモノ(鳴り物)も入って賑やかです。後半の蛸との大立ち回りの場面では、口をとがらせ、両手を唸らせ、蛸になりきる小枝。最後は大見得を切って沸かせました。
三席目は「稽古屋」を。その前に「のどがもうしんどい(笑)」と小枝、一昨日に行った稽古の疲れがまだ残っているとのこと。そしてさきの「蛸芝居」での中腰で膝が笑ったと、早くも不調を訴えます。落語では、踊りを習いに来た男と女性の師匠の姿をくっきりと対比させ、稽古場で繰り広げられる光景を楽しませてくれました。
四席目は「佐々木裁き」を。マクラでは自分と娘がよく似ているという話を。そしてある日、動物園に二人で出かけた時のエピソードを披露しました。江戸時代、賄賂がひどかった時代に実在した佐々木信濃守が登場するこのネタ。子どもたちの奉行ごっこを発端に起こったひと騒動が描かれています。佐々木信濃守と子どものやり取りを巧妙に描き、ぐっと惹きこみました。
五席目は「親子茶屋」。ある大店の旦那とその息子が出てくる噺で、マクラでは実父のことを。4年前の2月6日、独演会を控えていたその日に父親が亡くなったそうです。夜に独演会が控えているため「涙が出るから、親父の死を認めなかった。今でも認めてないまま」と胸の内を語りました。厳しい父と親の金を湯水のごとく使う息子、その二人がなんばのお茶屋で偶然鉢合わせ...。ハメモノも賑やかにお座敷遊びの場面を軽やかに演じ、往時の風情を描き出しました。
続いては急きょ追加で、「野ざらし」を披露。この時分から足がしびれてと訴え始める小枝。最も心配していたのどよりも先に、足の痛みやしびれが気になり始めたようです。川釣りの場面が出てくる噺で、自身の釣りエピソードを一つ。川で釣りをしていた小枝は、お昼に食べようと思っていたコンビニのお弁当とお茶を袋ごと、カラスに持って行かれたことがあるそうです。その後、持ち逃げしたカラスがふたたび、小枝の元へやってきたのですが、くちばしにご飯粒がついていたとか。落語では、美女の幽霊会いたさに躍起になる男を熱演しました。
そして七席目は「愛宕山」を。「ちょっと足がね~」と心配はますます膨らむ一方です。京都の愛宕山での、今でいうハイキングを描いた一席。太鼓持ちの二人が旦那や芸者たちの荷物を担いで急斜面を上る場面では、こちらも息が上がりそうな臨場感。また、崖の下に落ちたお金を拾おうと躍起になる場面でも思わず体が前のめり。熱演で聴かせました。
八席目は「悋気の独楽」。結婚して30年以上が経つという小枝。マクラでは、27歳で挙げた結婚式のエピソードを聞かせてくれました。落語では、やきもちを妬く奥さんと、女中、そして丁稚と、それぞれ個性の強いキャラクターを演じ分け、女中vs丁稚の場面では気の強い女性の怖さを面白おかしく魅せました。なお、「悋気の独楽」は好きなネタの一つだそうです。
九席目は旅ネタの「七度狐」を。小枝は59時間57分17秒で地球を一周したことがあり、それはギネスにも記録されているとか。関空を出て、オーストラリア、ハワイ、バンクーバー、シカゴ、ニューヨーク、ロンドン、そして大阪に戻り、道中はほとんど飛行機の中。機内食もすべて食べつくし、大阪に戻った時には3キロ太っていたとか。「七度狐」はお伊勢参りの道中を描いた噺で、移動は徒歩。旅の途中、悪い狐に騙されてさまざまな幻影を見せられる男二人の間抜けな言動で笑いを誘いました。
十席目は「動物園・水族館」を。文字通り動物が登場するネタ、マクラでは外で稽古をするので寒くて仕方がないと切々と。そして「寒いときはカイロが要るな」と笑わせます。続けて、動物たちとの触れ合いでおなじみのカイロのCM撮影秘話を披露しました。動物園で虎になりきって過ごした男。話には聞いていなかったライオンとの猛獣ショーであわや!? 今度は水族館でラッコになった男は水の中へ。そこにサメを放たれて...。笑いとスリルが入り混じる一席で楽しませてくれました。
十一席目は大阪の夏を描いた「船弁慶」を。夏の風情も感じられる一席で、マクラでは子どもの頃の夏の思い出を。気の強い妻と、正反対の夫。妻の雷から口八丁で逃れて舟遊びに興じる男ですが、その現場を偶然にも橋の上から妻に見つかり...。渡し船から屋形舟へと、夫めがけて飛び移る妻の姿も勇ましく、まるで映画のようなスケール感で聞かせました。
『8時間耐久落語会』もいよいよ終盤、30分の休憩を得て、十二席目の「高津の冨」を。休憩中、スタッフが「今日のお客さんは本当にいいお客さん」と話していたと小枝。「あと五席なんですが、足が痛くて座ってられへん。のどもしわがれてきた」と相当体に負担がかかっているようです。落語では中盤、あまりの痛みに声を失う一瞬もありましたが腰を浮かせるなどしてその場をしのぎ、宝くじが当たった男の慌て振りを体いっぱいで演じました。
十三席目も身振り手振りでの熱演を要する「軽業講釈」。「とにかく足が痛くて。こんなに足が痛くなるとは...」と未知なる体験に驚きを隠せない様子でした。噺の中では曲芸と講釈の場面が交互に訪れ、一瞬で場を切り替えてそれぞれのシーンを楽しませてくれます。最後はハメモノも鳴り響き、この日一番の賑やかさで沸かせました。
十四席目は「胴乱の幸助」を。「もう残り三席です。足が気になって...。声もかすれて少々わかりにくいところもあるかもしれませんが、勘弁してください」と了承を得る小枝。マクラでは、「僕には三人の父がいて...」と、実父と師匠の五代目文枝、そしてキダ・タローさんのことを紹介しました。公私ともに親交の厚いキダさん。ここでは知られざるキダさんの素顔をいくつも語り、興味を引かせました。ケンカの仲裁が何よりもの生きがいという男が、浄瑠璃の語りを実話と思い込みひと騒動を起こす一席。小枝も浄瑠璃を披露し、聞かせました。
十五席目は「次の御用日」です。「もう足が限界。もう堪忍して。痛くて涙が出てくる」。が、そこを乗り切って奉行ネタを披露します。前半は淡々と物事が進んでいくのですが、後半の奉行所の場面では「アー!」という引き声を披露します。思いっきり吸い込んで発する引き声を連発する小枝、会場を爆笑の渦に巻き込みながら演じ切りました。
そしていよいよ最後のネタへ! 大ラスを飾った十六席目は「小倉舟」です。ここまで約7時間半。お客様も8耐完走を迎えんとしています。「いよいよ最後です。(8時間)やってみてわかったことは、こないに足が痛くなるものなんやな」と率直な感想を述べる小枝。海に潜って泳いだり、格闘したりと、動きの激しい噺の「小倉舟」ですが、大立ち回りの後、大見得を切ってサゲへ。どっと沸かせてついに『8時間耐久落語会』を完遂しました!
すべてを終えて「ありがとうございました」と深々と頭を下げる小枝に、お客様からの温かい拍手とかけ声が飛び交いました。「僕もしんどかったし、スタッフも、お囃子など裏方もしんどかった。でもお客さんも8時間、おつきあいしてくださいました。これが終わったらしばらく落語を休憩しようと思っていましたが、またやりたいと思いました!」と晴れ晴れとした表情で話す小枝に、再び万雷の拍手が降り注ぎました。そして午後9時ちょうど、無事に『8時間耐久落語会』の幕を閉じることができました。
続いては終演直後の小枝を直撃、その思いを聞きました。「リタイヤしたら返金と公言していましたが、何とか最後までできました。急に足が痛くなって正座をするのが本当につらかったですが、集中力が途切れることはなかったですね。でも8時間が限界(笑)。達成できてよかったです」。
芝居モノに旅ネタなどバラエティ豊かなネタで楽しませてくれた落語会。ネタの順番については「しんどいネタを前に持って来ようかなと思って『蛸芝居』とかは前半だったのですが、後半もしんどいネタが多かったです(笑)」。
高座でも話していましたが、「明日からもっと稽古をしようと思いました。お客様が一生懸命聞いてくださって、本当に今日はいいお客様に恵まれました」と感謝の意を述べました。
最後に「8耐落語会はもう二度とないと思いますが、やりきったという自負もありますし、落語家生活においてこれから一つのポイントになると思います。今年で還暦を迎えますが、落語は年季が入るもの、桂小枝としてはこれからですね。「宿屋仇」や「百年目」など次のネタの稽古にも入りますし、新作もやります!」と意気込みを語り、"もし、師匠がこの落語会を見ていらっしゃったら?"という質問に「お前、なにをあほなことやってんねんと、愛情持って怒られると思います」と晴れやかな表情で答えました。
芸能生活40周年を記念しての一大プロジェクト『小枝のらくご 8時間耐久落語会』をやり遂げた桂小枝。
これからもどうぞ応援のほど、よろしくお願いします!
【桂小枝】