1月28日(金)、29日(土)の2日間、大阪・ABCホールで行われた大平サブロー初主演舞台『あかんたれ芸人の詩』より、29日13時公演の模様をレポートします。
サブローの芸能生活36周年を記念して上演されたこのお芝居、時は昭和47年、大阪の演芸場「昭和座」の楽屋で繰り広げられる芸人たちの物語です。昭和47年といえば、大阪発全国ネットのバラエティ番組『ヤングおー!おー!』がヒットし、その人気の影響もあってか、芸人の人気も寄席の主流であった音曲漫才からアイドル漫才へと移行しつつあった時代。アイドル的な人気を誇る芸人たちが続々と羽ばたいていく一方で、鳴かず飛ばずの芸人たちも数多く存在していたのでした。
音曲トリオ漫才の『スッカラカンぼ~いず』もそんな1組。ベース担当・天王寺ソング(サブロー)とギター担当の天王寺ロック(しましまんず・池山)、そしてドラム担当の天王寺リズム(テンダラー・白川)の3人によるこのトリオ、歌のは問題ないものの、いざ漫才となるとソングがセリフをすぐに忘れたり、滑舌が悪かったりで思うようになりません。そんなソングの姿にロックは苛立ちを募らせます。
舞台を降りて、昭和座の楽屋に戻ってきたスッカラカンボ~イズたち。そこでは女性トリオ・いとはんずの南風亭照代(杉岡みどり)と南風亭晴代(五十嵐サキ)が騒いでいます。どうやらもうひとりのメンバーが男と一緒に逃げたらしく、余儀なくトリオからコンビへ路線変更することに。照代は当時は珍しかった女子大卒のインテリ芸人、一方の晴代は男に目がなく、お酒を飲むと寂しさゆえにすぐに関係を持ってしまうという女性。まるで正反対のふたりの間も、小さな諍いが絶えません。そこへやってきたのが昭和座の安田支配人(近藤光史)。面倒見がよく芸人の誰からも慕われている安田支配人はまるで父親のような存在です。
そしてふらりと表れたのが壁新聞の記者・ウラさん(宇野山和夫)。ウラさんはいつも勝手に楽屋に出入りしては、芸人たちと賭け事をしています。今日の相手は、漫才師の淀川はまる(おかけんた)。大分訛りがいまだ抜けず、賭け事ばかりする兄弟子に相方であり弟弟子の淀川わたる(デジタルケイタ)からは愛想をつかされ気味。そんなふうに昭和座の楽屋には、笑いが取れない、うまいように芸ができない、賭け事にはまる、色恋沙汰を起こす……と様々な事情を抱えた芸人たちが出たり入ったりしています。ある晩、ソングは泥酔した晴代と楽屋で二人きりに。生真面目なソングは、蝶のように男から男へと飛び歩く彼女に説教をしますが……。
舞台上にはそんな楽屋の風景が再現されていたのですが、ひとり用の化粧台、ダイヤル式のテレビ、黒電話と、昭和を象徴する小道具からその時代の雰囲気が醸し出されていました。
やがてはまるは賭け事で作った借金が膨れ上がり、取り立て屋に追われて失踪。ソングは、失踪したはまるについて何か知りはしないかと芸能界を引退した師匠・淀川どぼん(オ-ル巨人)の元を尋ねて丹後の片田舎へと。ここでは手がかりは掴めなかったものの、今やすっかり野菜や米作りに専念する師匠から、野菜作りに例えた芸の極意を教わることに。
「畑という舞台で種まきをして大事に育てたら、必ず芽を出して花を咲かせる。花が咲けば実はできる。芸人も野菜も、花が咲いたときに決まるんや。花が咲いて有頂天になったらそれでおしまい。実ることはない。たとえ貧相な種でも、ちゃんと育てたら芽が出るんや」。
芸や野菜作りはもとより、人生を例えたようなそんなどぼん師匠の言葉に胸を打たれたお客さんも多かったのではないでしょうか。
そしてここからは師匠が考案したという新野菜のやり取りに。「上はキャベツ、下はにんじんで“キャベジン”」「上は大根、下はにんじんで“ダイジン”はどうや?」など、次々洒落を飛ばす師匠へツッコむソング。その掛け合いに会場が沸きました。
シーンは楽屋へ。その頃のソングといえばすっかり芸人としての存在感が薄くなり、昭和座でも居心地の悪い思いをしていました。そんな中、はまる失踪でひとりになったわたるは、ロックの画策でスッカラカンぼ~いず加入の話を持ちかけられます。その裏には、“使えない”と判断したソングの追放があったのです。表立っては言わないけれども、実はソングを大事に思っているリズムは、心が揺れ動きます。ですが、ソングもすべてを察知し、様々な葛藤を抱きながらもわたるの加入を認め、自分は身を引くことにします。ひとりになったソングへウラさんが、作詞をソングが、作曲をわたるが手がけた「思い出ワイン」をリリースし、歌手として再出発しないかと持ちかけます。その話に乗ったソング、シングルをリリースし、街頭でPR活動をするのですがここでも鳴かず飛ばず。街角で歌っていたある晩、ソングの元に晴代がやってきます。妊娠したと晴代。しかし、それが誰の子かわからないと。ですがソングはすべてを受け入れ、彼女との結婚を誓います。その後、リズムとロックが現れ、ソングにスッカラカンぼ~いずの復帰を請います。わたるは芸人を辞めたいと言っている。でも何より、お客さんが求めているものは、セリフを忘れても、上手に喋れなくても、一生懸命舞台に立つソングの姿だったと。かくしてソングは再び、スッカラカンぼ~いずとして昭和座の舞台に立てるようになったのでした。
すてがうまく回り始めたと思ったのもつかの間、ある日、浮かない顔をした支配人が楽屋にやってきます。昭和座を3ヶ月後に閉館することが決まったのです。意気消沈する芸人たち。そんな状況の中、テレビを見ていたリズムが驚きの声を上げます。銀行強盗の様子が生中継がされており、その犯人がなんとはまるだったのです。緊迫する現場を淡々と映すテレビ。やがて銃撃戦の末、倒れるはまる。はまるは最後に、「思い出ワイン」のサビを口ずさんで息を止めました。
ショッキングな事件でしたが、このことを機に昭和座が変ってゆきます。わたるは、はまるのせめてもの供養にと生涯ピン芸人を誓います。照代も、晴代が産後復帰するまで待つことに。そして何より、はまるが最後に口ずさんだことで火がつき「思い出ワイン」が大ヒット、ソングを中心にスッカラカンぼ~いずがにわかに売れっ子芸人になったのです。そしてコンサートもできることに。そのコンサートの前、ソングははまると二人で漫才をする夢を見たと言います。
と、ここで舞台は暗転、ソングが見た夢の世界が表れました。センターマイクの前に立っているのはソングとはまる。ここからはサブローとおかけんたの劇中漫才が披露されました。アドリブもあり、お客さんに「どこから来はったの?」と尋ね、その答えで駄洒落を言ったりと、ネタを楽しみました。
そして物語はクライマックスへ。昭和座でのコンサートです。「思い出ワイン」をはじめ、この舞台のために作られた劇中曲をサブローが熱唱。劇中とはいえ、本当にコンサートに来ているような感覚で楽しめました。また、師匠の淀川どぼんがゲストととして登場するシーンでは、師匠の芸人、劇場への思いが語られます。「劇場を存続させるためには、もっともっと劇場に足を運んでください!」と懇願する姿は胸に迫るものがありました。これはエンディングで明かされたことなのですが、このセリフを言った後、舞台袖に戻ったオール巨人の目にはうっすらと光るものがあったそうです。また、そんなオール巨人の姿におかけんたももらい泣きをしたそうです。
かくしてスッカラカンぼ~いずのコンサートも大成功となり、物語の幕は閉じられました。サブロー自身、デビューして間もない頃の演芸場の様子や芸人たちのことをかねてから表現したかったそうで、作・演出の萩原芳樹さんに相談し、芸能生活36周年記念の舞台として上演が実現したそうです。このお芝居にはそんなサブローの思いと、売れる、売れないにかかわらず、劇場に懸命に生きた人々の魂の叫びが散りばめられていたのではないでしょうか。
芸能生活36周年にかけて2011年に36項目の企画を決行する“サブロープロジェクト”の第1弾であった本公演。続いてはどんなプロジェクトを遂行するのか、この1年、サブローから目が離せません! 気になる今後は、サブロー公式ブログhttp://saburo.laff.jp/でご確認ください。なお、このブログも“サブロープロジェクト”の一環です!