7月16日(土)、68歳の誕生日でもあるこの日、京橋花月にて桂三枝による『桂三枝の笑宇宙Ⅴ』が開かれました。ちょうど1年後となる2012年7月16日に上方落語の大名跡「桂文枝」を襲名することが発表された後の、初めての桂三枝独演会でもあり、満員のお客さんに迎えられ祝福ムード溢れる独演会となりました。
緞帳が上がると、スーツ姿の三枝が登場。「お客様に直接、お伝えしたかった」と急遽、ご挨拶をすることになりました。
「桂三枝として45年、皆様に看板を大きくしてもらいました。このたびは、いろいろと考えて六代目文枝になろうと決心しましたが、悩みに悩みました。2年半ぐらい前、何の準備もなく「桂三枝、文枝襲名か?」とお正月の新聞に出まして、それから考えるようになりました。師匠が亡くなって七回忌になりますが、文枝は桂派の源流の名前です。初代文枝は明治ごろに亡くなっていますが、今の落語を作ったような存在で、「三十石」も初代の作と聞いております。それから五代にわたって文枝の名前をつないでいきましたが、今、他のご一門の方に継がれてしまうのも師匠に申し訳ないという思いもあり、襲名させていただくことにしました。来年は吉本興業も100周年を迎えるとのことで、会社の方も一緒に応援してくださると言ってくださいました。
これまで内密に動いてきましたので、桂春団治師匠、桂米朝師匠には、襲名発表のリリースをマスコミ各社に送る前日にお電話させていただきまして、ご挨拶をさせていただきました。そんな中、東京の鈴々舎馬風師匠に『師匠の名前を継ぐことほど噺家として幸せなことなはない。一門も揉めずに継げるのは本当に感謝しなければいけないよ』と言われて、その言葉でどこかふっきれました。今は一点の曇りもなく、迷いもなく、来年の襲名に向かっていけます。
私はいつも何かしんどいことをしていて、このたびもこんなにしんどいことはないと思うのですが、これも宿命かなと思っております」
深々と頭を下げた三枝に客席から「六代目!」との声もかかり、京橋花月は割れんばかりの拍手に包まれました。
そしていよいよ『桂三枝の笑宇宙Ⅴ』が始まりました。
まずは弟子の桂三語が登場。三枝作の「桃太郎で眠れなかった子供のために」を披露しました。口達者で大人顔負けの知識を持ち、達観までしている子供を寝かしつける父親の悪戦苦闘する模様を描いた本作。父との子のやり取りが何とも味のある噺でした。
続いて登場したのが弟弟子の桂文福。ダジャレに謎かけ、相撲甚句とマクラでたっぷり特技を披露。文福作の落語「民謡温泉」でも自慢の喉を存分に鳴らし、クライマックスは秋田民謡「ドンパン節」を熱唱。お客さんの手拍子に合わせて朗々と歌い上げていた文福ですが、ステージの横から三枝がちょっと顔を覗かせ「早く終われよ!」と言うハプニング(!?)もありました。
そして三枝が登場。自身の創作落語「合格祈願」を口演しました。宮司の父と息子、それぞれの目線で語る本作。前半は職場で家庭で思うようにいかない父親の苦悩を面白おかしく、後半は天然ボケを発揮してわが道を行く息子の姿を描写、宮司の位や天満宮の成り立ちなども挟み込み、なるほど!と教えを請うような一面も多々ありました。
中入り後はゲストとのトークコーナーが。ゲストは、来年コンビ結成30周年を迎えるハイヒール。いつもはハイヒールをびしっと決めて登場するふたりですが、京橋花月の舞台が土足NGということで、スリッパでの登場となりました。
桂三歩の司会で始まったコーナーでは、まず、さきの創作落語「合格祈願」にちなんで「げんかつぎはしますか?」との質問を三人に投げかけました。
三枝は「します。露の都さんに風水のことを聞くのですが、今日のお昼に東京で行った襲名発表会見ではブルーのものを身に着けるといいと言われて、ブルーのネクタイをしめて、ブルーのパンツをはきました。ipadで星占いもよくチェックするんですが、7月13日からの一週間は『新しくスタートする時期です!』と書いてあって。そういうことは信じてますね」と、実際にipadで星占いにアクセスしながら語りました。
リンゴは「(げんかつぎは)まったくないです」ときっぱり。それを聞いて「この人は強すぎんねん」とモモコ。すると「モモコが弱すぎなだけ。飛行機に乗るときも、怖いからといって機体に向かって“落ちんといてな”って毎回、言うんですよ」とリンゴ。ところがこのエピソードに「実は私も…」と三枝。モモコとふたりで「あの一言で飛行機も普段よりがんばってくれると思うから」と盛り上がっていました。
そのほか、お互いのことを当ててみようと、三枝とハイヒールでお互いの血液型や得意科目を当てるコーナーも行われました。
舞台は再び落語に。弟子の桂産三風が古典の「青菜」を口演しました。「五感で季節を楽しんでいた古きよき時代の夏のお話です」と一言、すっと噺の世界へとお客さんを導いてゆきました。夏を感じられる風情がたっぷり詰まった、季節感あふれる高座となりました。
最後は、三枝が創作落語「親父の演歌」を披露。本作は、77歳になる父親の突発的な趣味に振り回される3人の息子と1人の娘を描いたホームドラマ。ラストシーンではなんと、噺の中で父親が作ったという歌「浪花恋サブレ」を実際に三枝が熱唱しました! この予想外の展開に会場は大いに沸きました。
『桂三枝の笑宇宙Ⅴ』はこれにてお開き、お客さんたちは緞帳が閉まる最後の最後まで、六代目文枝を襲名することが決まった三枝へ祝福の言葉をかけていました。
落語会後に行われた記者会見では、「今日は、これまでの誕生日の中でも思い出深い日になりましたし、充実した一日でした」と三枝。「襲名を発表して最初の舞台だったので、お客さんの反応はどうだろうと思っていましたが、温かく迎えていただいて。会場から“六代目”の声がかかったときは涙が出そうになりました。本当に嬉しかったです」と感激した様子でした。また、「自分では前と違わないように落語をやっていたつもりでしたが、皆さんの雰囲気がすごく温かかったです」とも。そして文枝という名前を継ぐことに対して改めて、「まだ実感がないんですが、これから1年かけて徐々に湧いてくるでしょうし、じっくりと考えていきたいです」と語りました。
また、「親父の演歌」で披露した演歌「浪花恋サブレ」ですが、CDリリースの予定は現時点ではないとのことでしたが、「浪花恋サブレというお菓子を作ってほしい」とPRしていました。
今回の六代目桂文枝襲名にあたって、一人で悩んでいた三枝。しかし唯一、相談していた方がいたそうです。その方とは立川談志師匠。談志師匠からは当初、「三枝の名前を大きくしてきたのだから、その名前で続けるべきだ」と言われていたそうですが、ついに襲名を決意し、人を介していきさつを師匠にお伝えしたそうです。すると、発表の前日に「人生なりゆき 文枝のほうがよくなったのか ぢゃあ仕方がない 勝手にしろ 三枝のバカヤロウ」というファクスが送られてきたそうです。
「談志師匠からのファクスの、バカヤロウと書いてある字に愛情を感じて。そんな師匠のことを思うと涙が出ましたね。師匠には元気になっていただいて、襲名披露興行にも出演していただきたいと思っています。すばらしい激励の言葉でした。がんばって好きにやれよという……、嬉しかったですね」と、かみ締めるように語りました。
『三枝改め「六代目桂文枝」』襲名披露興行は来年2012年7月16日、なんばグランド花月を皮切りにスタートします。「日常性、普遍性」を追求した創作落語とともに進化しつづける桂三枝に、これからもどうぞご期待ください!
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