3月8日(金)、吉本興業株式会社東京本部にて『よしもとクリエイティブカレッジ Presents 特別授業「西野亮廣モノづくりフォーラム」』が行なわれました。
弊社が運営するエンターテインメイト業界で活躍するスタッフや作家を養成している「よしもとクリエイティブ・カレッジ」こと「YCC」。クリエイターとしても活動するキングコング・西野が、明日卒業する生徒へ向けて自身の経験と持論を語りました。
「ものを教えられるようなことは何もしていない」と語りながら、前の席に座っていた作家志望の男性へ矢継ぎ早に質問。「いま抱えている不安は?」という問いかけに、「生活していけるのかというところですね」と答えた途端、「つまるところ、そうなんですよ! やりたいことで飯が食えるかということですよね。食えたらいちばんいいんだけど、むちゃくちゃ難しい」と厳しさを見せながら、「この講義で伝えたいことは、ただひとつ。アドバンテージを明確にして、戦略を練ることです。僕は一貫して、この方法で挑んでいます」と言い切ります。
19歳でNSCに入学し、梶原とコンビを組んだ西野。売れるためにはどうすればいいかを考えた時に、まずは若さを武器にしようと思ったそう。また、当時は珍しかったテンポのいい漫才を追究することで、“NSC在学中に賞レース受賞”という肩書きを手に入れ、注目を集めたそうです。
「“いぇいいぇい!”なんてほんまはやりたくなかったけど、梶原に“元気いっぱいやってみよう”と。で、賞レースの制限時間が4分間やったんで、ボケ数を増やすテンポのいい漫才をやろうと思ったんです。当時そういう漫才は自分らしかいなかったから、注目が集まった。僕は非常にしたたかなので、わざとニュースをつくりにいきます。それも大事だと思います」(西野)
NSC在学中に、若手の劇場「baseよしもと」のレギュラー組に昇格。多くのチャンスも手に入れ、NSC卒業後、芸歴1年目にして『はねるのトびら』のレギュラーを決めるオーディション番組に呼ばれ、20歳のときに同番組がスタート。「トントン拍子に思われるかもしれないけど、実力はともなっていない。20歳で場を仕切れと言われてもできないし、ノウハウもない。でも、この世界は早く出たほうが賢いと思います」と語る西野。
「深夜で放送していた『はねるのトびら』をゴールデンに昇格したら、ダウンタウンさんとかナインティナインさんみたいなスターになれると思っていた」と語る彼は、その目標を実現するために全力を尽くしたそうです。25歳の時に、目標は達成。視聴率も20%あったそうですが、「スターになっていなかった」と当時を振り返ります。
「西野さんが思うスターとは?」と訊ねられ、「収入とか知名度ではない」と断言しながら、「みんなにチヤホヤされてる人かな。子どもからじっちゃん、ばっちゃんまでにチヤホヤされる人気者。でも、僕らの場合、ロケに行った時にチビッコが寄ってくる感じはなかった。贅沢な話ですけど、25歳になって挫折したんです。“俺はスターになれない奴なんや”と思い知った」(西野)
テレビ番組のことだけを考えて来た日々。「次の引き出しがひとつもなかった」という西野に可能性を与えてくれたのは、劇作家・後藤ひろひと。彼が作・演出・出演した舞台『ひーはー』に誘われ、観劇した西野が目にしたのは、楽しすぎて声をあげて泣くお客さん。「これ、テレビではやれていなかった」と心がざわついたそうです。
さらに同時期、タモリさんから銀座のバーへ呼び出され、「絵を描け」と薦められたそう。最初は「嫌です」と断ったそうですが、「絵本をつくるタレントとは?」というテーマで議論している最中に「僕、お話をつくるのは好きかもしれません」と話すと、タモリさんから「絵本ならば、物語からつくれるのでは?」と提案され、ものづくりにウエイトを置くことを決意したそうです。
ただ、「絵を描くのは好きじゃない」と語る西野。とはいえ、「そう決意したからには、ヒットさせないと意味がない」と考えた彼は、絵本作家に勝つ方法として副業だからこそできる製作過程を取ることを考えたのです。
「本業の方は短いスパンで描いていかないと、生計が立てられない。だけど、僕はお笑いに片足を残しているから、1冊に10年をかけることもできる。これはすごい武器だなと思った。東急ハンズでいちばん細い0.03ミリのペンを買ったのも、時間をかけるため。こういう画風にしたのもそう。同じく、時間をかけるために長いお話もつくりました」(西野)
「100万部くらい売れて、世間がひっくり返るかな」と予想していたという、約5年で書き上げた1冊目『Dr.インクの星空キネマ』の売り上げは、絵本では異例のヒットながらも、世間的な反応はイマイチ。クリスマス前に発売した『ジップ&キャンディ ロボットたちのクリスマス』も、恋人たちのプレゼントにピッタリだという自身の想定を裏切る結果となります。「本気でヤバい!」と考えた西野は「売る努力をサボっていた」ことを反省し、絵本をグッズとして捉え、原画展を各地で開催しながら売り上げを伸ばす方法を考えついたそうです。
さらに、3作目『オルゴールワールド』では出版社にチラシを1万部刷ってもらい、自らの手でポスティングしたんだとか。
「東京、大阪、地方をまわったときにはわざわざ前乗りして、ポストに入れていった。それもマンションのじゃなく、一軒家に。その効果があったかどうかは、正直わかりません。でも、スタッフさんは“本人がそこまでやるなら、もうちょっとがんばろう”と思ってくれた。みなさんが今後、お仕事をやる場合も“やってよ!”と文句を言う前に、自分で汗を流せば、周囲も動いてくれると思いますよ」と語りかけます。
先日、盛況を収めたニューヨークの個展では、クラウドファンディングを使って資金を集めることに成功。また、Twitterで現地に住んでいる方を探し、協力を自らお願いしたそうです。
経験を語った西野は、「僕らの若い頃は“偉くなってからやりたいことをやれ”と言われた。けど、いまはクラウドファンディングで資金を募って、ニコニコ動画で番組をつくれるようになっている。国民総クリエイター時代に突入した今後、どうなるか? クリエイティブ過多が起きるのは確実。芸人がTwitterでみんな“ライブ来てください”ってお客さんを取り合ってるのと似たようなことが、クリエイターにも起こる」と指摘。「みなさんが今後どういうものづくりをされるのかわからないけれど、協調性を持っていたら無理。次の時代はとがっていないと刺さらない。無難なことをしていたら、平気で下に抜かれていく。“とがってください”というと青臭いけど、ご自身の得意不得意などを理解した上で、自分の得意技で勝負してください」と声をかけました。
生徒から「ニュースを自らつくりにいくということですが、誤解を受ける発言が多く見受けられるように思います」と訊ねられた西野。「ルールとして、後輩には言いません。でも、注目されないとフェードアウトしていくんだから、誤解を受けてもいいと思っている」とキッパリ。「僕、イタいことに、ウォルト・ディズニーになりたいって言い出してるんですよ(笑)。でも、そうやって発言することで、ディズニーの雑誌とかの会議で名前が挙がってるんですって。やっぱり口にすることが大事。あんまりやりすぎるのはよくないと思うけど、思ったことを口に出すようには心がけてます」と持論を展開します。
「スターになれそうですか?」という質問には、「なれるんじゃないかなと思う。ニューヨークから帰って来て、ウォルト・ディズニーの背中が見えて来た感じはする」とニヤリ。「スターになった先の目標は?」と訊かれても、「とにかくウォルト・ディズニーになりたいんですよ」と言い切ります。
「まぁ、今後どういうことをしていくかはわからないですけど、芸人ではいたいですね。でも、芸人の定義も人それぞれ。ひな壇で番組を潤滑させるのも、グルメ番組に出るのも立派な仕事。でも、僕の中の芸人の定義は、地元の連中に(夢を)バカにされながらも、こっちに来た姿勢を持った人。お客さんが欲しいと構えているキャッチャーミットに、球を投げるようなことはしたくないんです」と強い意志をのぞかせました。
また、明日卒業する生徒へ向けて、「夜中に書き物をしていて、背伸びをしたあとにペンが見当たらなくなって必死で探して。探すのを諦めた瞬間、目の前にあるってことないですか? あるはずがないと思った瞬間、脳が存在を消すから起こる現象らしいんですけど、その逆で思い込んだことって実現できると思うんです。で、勘違いするほど思い込むには、圧倒的な努力をするしかない。才能じゃない。努力してください。がんばってね!」と笑顔で語りかけました。
●よしもとクリエイティブカレッジ
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